「経験豊富な税理士にお任せください」について考える

ホームページやテレビCMなどで、よく「経験豊富な専門家にお任せください」といったフレーズを目にします。
税理士業界でも例外ではなく、「相続税申告の件数が多い」「相続に強い」「相続一筋〇十年」といった表現は定番になっています。

もちろん、依頼する側にとっては「経験豊富」と聞けば安心しますし、アピールとしては分かりやすい言葉です。
ですが果たして、この「経験豊富」という言葉は本当に実態を表しているのでしょうか。今回は少し掘り下げて考えてみたいと思います。

※浅草での風景。


自分で「経験豊富」と言うのはちょっと照れくさい?

自分で「私は経験豊富です」とアピールするのは少し恥ずかしいものです。
ただ、専門性や経験を伝えないと、お客様も事務所を選ぶ基準がなくなってしまいます。ですから、恥ずかしさを感じつつも、ある程度は伝えざるを得ないという現実があります。


「相続に強い」という表現のざっくり感

相続分野に力を入れている事務所では「相続税申告に強い」という言葉をよく使います。
ですが、この表現は車の販売で「当社は車を販売しています」と言うようなものに近いと私は思います。

実際には、車でも「日本車か輸入車か」「新車か中古車か」「軽自動車か高級車か」など細分化されていますよね。
相続税申告についても同じで、「どういう種類の案件に強いのか」を伝えなければ、本当の意味での経験は見えてこないはずです。


件数の多さだけでは測れない

また「相続税申告の件数が多い」という言い方もよく耳にします。
ただし、1人の税理士が1年間でフルに担当できるのはせいぜい10件から30件程度です。
件数が多ければ多いほど、資料収集や土地評価といった作業を他のスタッフに任せざるを得ません。

つまり「件数が多い」といっても、それは事務所全体での数字であって、実際に担当税理士がどれほど深く関わったかは分からないのです。
特に大手の事務所では人の入れ替わりが激しく、結局は経験の浅いスタッフが担当になることも珍しくありません。

※江東区の公園にて。


私自身が経験した「普通の税理士ではなかなかできないこと」

では、経験の中身とは何か。私自身の具体例を挙げてみます。

  • お客様と一緒に銀行に行く
    通常、税理士が銀行に同行するのは中小企業の社長と一緒に融資を受けに行くケースです。
    ですが私は地主様や不動産オーナー様の借入、特に相続後の返済計画について同行することが多く、これは普通の税理士がなかなか経験しない領域です。
  • お客様と一緒に不動産業者に会う
    相続と不動産は切っても切れない関係にあります。
    家賃滞納の問題、借地人とのトラブル、地方の不動産処分など、実務的な課題は多岐にわたります。
    実際に業者と交渉の場に同席することで、机上では得られない知識と経験が積み上がっていきました。
  • 物納について国税局と交渉する
    相続税の特徴的な制度のひとつに「物納」があります。
    不動産の物納は通常、大手の税理士事務所が対応することが多いでしょう。
    それでも私は、幸運にも個人税理士として複数の土地物納を経験し、国税局との粘り強い交渉を重ねて認められました。
    これは本当に得難い経験で、夜も眠れないほど悩んだ日々が思い出されます。

こうした経験は「申告件数〇件」という数字だけでは絶対に見えてきません。
むしろ数字には表れない、泥臭い実務こそが「経験の中身」だと考えています。


まとめ:「経験豊富」という言葉に頼りすぎない

結局のところ、「経験豊富」という言葉は便利ですが非常に曖昧です。
件数の多さが必ずしも担当者の力量を表すわけではありませんし、人の入れ替わりの多い事務所では数字がそのまま経験を意味しないことも多いのです。

だからこそ、本当に伝えるべきなのは「何件こなしたか」ではなく「どういう経験を積んできたか」だと思います。
専門家として誠実に情報を発信するためには、この部分を意識していく必要があるのではないでしょうか。

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